ほら、向こうに見える。
あれは人が積んだものか?
葉が影を作っている。
2024年02月21日
透明度の高い空気の中を、細かく硬い雪が降る。
昨日の午後、榴岡公園の脇で、ある打ち合わせをするので出席してと言う連絡があった。これ幸いと早めに出て、駅東をうろつくことにした。あの辺は僕の中学校の学区だったし、高校への通学路でもあったから、懐かしい。仙石線が、まだ地上を走っていた頃のこと(ああ、僕はよく知っている)を、榴岡小学校の3年生の人達が研究したのを、駅東交流センターで展示していると新聞で読んだので、まずそこに行って見よう。ううむ、これが大変だった。
駅東には、榴岡小学校児童館での活動などで駅から小学校までは、直行で何回か行っていたし、宮城野原へ向かう広い通りのマンションには親戚が住んでいる。だから、ま、昔と同じに歩いていけばなんとかなるだろうと軽く出かけた。それは、間違いだった。僕の知っている通りの奥は、僕の知らない世界になっていた。
まず、ほぼすべての道が歩道付きの、広く直行するものになっていた。その道に面して新しく高いマンションが立っていてそれらの間に大きな(たぶんそのマンションの地主さんか?)個人の住宅があり、そうして何故か、多くの、様々な、古い、平屋の食堂。呆然としながら僕は、その中の食堂の一つでタンメンを食った。
広く直行する新しい道は、頻繁にクルリとループする細い道を含む。たぶん、新たに(たぶん、無理やり)区画整理をするときには、様々な、そうしなければいけない理由が起こるのだろう、と思うくらい。
何回もフラフラと、そいうループする通りを歩いていると、その行き詰りのあたりに突然ぽっと小さい神社が、大抵は小さい公園と共に、まるで裸で出てくる。この辺にはこんなに神社があったのかと感心するほど出てくる。榴岡天満宮がある小山(榴ヶ岡)の裾だからだろうか。昔からこの辺にはこんなに神社があったのか。昔この辺りの鉄砲町や、二十人街を歩いていた頃は、こんなに神社があったという記憶はない。出てきたのかなあ。こういうの本当に面白い。こういうのが普通にできて、やってしまって、ほとんどの人が文句も言わず(僕も含め)お参りしている。日本。
ちなみに、僕に、特定の神はいない。でも、日本人をやっている。まず人間だが、何故か日本に生まれ日本人になり、最近は意識的に日本人ををやっている。しようがない。そうすると、特定の神はいないが、ゾッとする感じは頻繁に起こる。お爺さんになってからは、一層、頻繁に起こるようになった。
だから、神社はお参りするが、例の形式的なお参りは意識的にしない。あれは、神様なんて本当はいないと信じている人が為る物だ。ゾッとできる人は、帽子をとって、「やあ、きましたよ、今日は」と、心の中で話しかける。誰にかはわからないが話しかける。それだけ。それでここまできた。
ということを知らず知らず考えてしまうほど神社があった。なんだかやたら近代的に変わってしまった街にある無数(でもないか)の神社。本当は、これだけで、売り物になるんじゃないか。