人は地球上の生き物なので、

生まれたからにはいつか死ぬ。

当たり前だから、

きちんと生きていたい。

2025年 3月19日

暖かい高曇、小雨。


僕は公共の美術館での公務員を退職して、思えば10年を超え、その後、様々、定期的な給料を貰う仕事をやめてからに限っても、ほぼ10年になったのではないか。今は、ほぼ正しい年金生活者だ。


という様な事から書き始めたのも、その公務員として、最も油の乗っていた頃に書いた教育をめぐる文章を巡って、いくつかの質問が来た。最近の僕の社会状況を知るルートは、ごく限られ、ある意味、偏向した方向の窓口になっている様に思えるところがあるので、今更、なんだかな、と思ったのだが、質問は、教育をめぐる、基礎的根本的な部分を巡る物の様に思えたので、自分の頭の体操のために、考えてみた。


とは言え、いまだに、なぜ、基礎教育で表現系(音楽、体育、美術)の授業をするのか?とか、自立した個人を目ざすとは、何か?、とか、なんだか最も最初に答えを明らかにされなければいけない様な問題が、どうも意識的かの様に後回しにされている様に思うのは、僕がどこかおかしいからだろうか。